サクジツ日記。

汚部屋がカンバスに変わるまで。生きた証と彩りを踊りとともに描きたい。節約・貯蓄・シンプリスト計画・バレエ・ダンス。そして日々のこと。

バレエの発表会のDVDができた、映像をみて思ったこと

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通っているバレエ教室の発表会が7月7日、某所にて行われました。


その様子を収録したDVDができあがったとのことで、受け取ってきました。



休憩をはさんで三部に分かれており、

【一部】子供たちのバレエ幕ものの作品
「眠りの森の少女たち」

【二部】平家の女性たちの悲哀を描いたコンテンポラリーダンス作品
「女人平家」

【三部】バレエの小作品いろいろ 子供から大人まで
(ヴァリエーションと呼ばれる演目の中のソロ、ユニゾン)


今回は二部のコンテンポラリーダンス作品「女人平家」に出演しました。

何年たっても、映像で見るのは恥ずかしいものがある・・・


おくの幕に祇園精舎の書が。

祇園精舍の鐘の声、諸行無常の響きあり。
娑羅双樹の花の色、 盛者必衰の理をあらはす。
奢れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者もつひにはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。

『平家物語』第一巻「祇園精舎」より

祇園精舍の鐘の音には、諸行無常すなわちこの世のすべての現象は絶えず変化していくものだという響きがある。娑羅双樹の花の色は、どんなに勢いが盛んな者も必ず衰えるものであるという道理をあらわしている。世に栄え得意になっている者も、その栄えはずっとは続かず、春の夜の夢のようである。勢い盛んではげしい者も、結局は滅び去り、まるで風に吹き飛ばされる塵と同じようである。

現代語訳(Wikipediaより)

強く、儚く、美しく



衣装は色とりどりでターンをする度に、花を咲かせるようできれいです。


それぞれ踊りの「じょうず」や「へた」は、衣装や舞台照明に助けられ、調和するように思います。


それ以外の大切なところ、例えば
「物語を踊りで表現して、当時の人々の心を描く」という伝えたい部分。


これも舞台上ではなんとか纏まってくるものです。



今回、役をいただきまして「仏御前(ほとけのごぜん)」を踊らせていただきました。


彼女は平清盛に寵愛を受けた白拍子(歌舞を演ずる芸人であり、遊女)なのですが、仏のように優しい女性でした。

先生には「とにかく丁寧に優しく踊ること、音で動かないで」と指導されておったのですが。


先日、仮のDVDをみた先生はこうおっしゃいました。


「あなたの踊りから、勝ち気な心が見えた」


以前にも、頑固だと指摘されたことがありました。
性格や心持ちが踊りに表れているのです。


卑下しすぎず、謙虚に踊ったつもりでしたが、仏御前をうまく踊ることはできなかったんだなと察して、すごくすごく悲しかったです。

踊りで、演じるものの背景を表現をするということはとても大変な作業で、技術と感性がバランスよく備わっておくことが必要です。

まだまだ思うようにはできませんが、悩みながら迷いながら舞台を終えて、また成長していくのです。


この失敗を次につなげたいですね。


自分的には、そろそろ母親に見せてもいいかな?というくらいの出来で、今まででいちばんよく踊れていたように思います。

元々バレエやダンスは大人から習い始めたので、母に踊っているところを見せたことがありません。

遠方に住んでいるため発表会も来たことがないですし、恥ずかしくてDVDも見せたことがなかったんです。

社交ダンス講師である母ですが、なんと言ってもらえるか・・・




ひと通り映像でみて、あらためて思うことなのですが、



やっぱりバレエも踊りたかった・・・!
(ロマンティックチュチュの可憐さがまぶしひ)




では。