サクジツ日記。

汚部屋がカンバスに変わるまで。生きた証と彩りを踊りとともに描きたい。節約・貯蓄・シンプリスト計画・バレエ・ダンス。そして日々のこと。

【汚部屋の片付け】汚部屋の住人が「モノと同居人」に向き合う

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今日からまた2、3日ひとりになる。

 

汚部屋に暮らすわたしは事あるごとに

「よし片付けだ!」

と思うわけですが、このところ部屋のモノを処分したり片付けたり動かしたりするようすを見てあまり良い顔をしない同居人。

 

【 不在の間に自分のモノを勝手に捨てられる 】と思うのでしょうから当然の反応でしょう。でも実際にはわたしのモノを処分することがほとんど、それですらちょっと嫌みたい。

 

✔︎きれいに片付けられたシンプルだけどおしゃれな部屋で暮らしたい

これはわたしたち2人の理想です

(語りあったわけではないけど、たぶんそう)

 

2人で暮らしている以上、自分だけの感覚で相手のモノを断捨離することはありえません。片付けもそう、わたしが勝手に推し進めたところでなんの意味もありませんし、解決にはなりません。

 

解決にならないのも承知で、今はとにかく自分のモノを処分し続けています。

18年も行動に移せなかったのですから「今やる」 と思った今しかできない気がするからです。

 

先日この記事を読んでとても考えさせられるものがありました。

 

“家族の意見の反映されない片付けは、家族を不幸にする”

よく理解できます。だけどどうやればいいのか正直わかりません。毎日この部屋を見渡すたびにグルグルと考えては、どこか隙を狙っている自分がいます。

 

ひとり身になって好きなインテリアや小物の中で暮らしたい。そんな妄想も日常です。

 

「今はミニマリストだけど昔はそうでなかった」という話をよく聞きます。何かしらのきっかけがあり流れの中でそうなった人、そうならざるをえなかった人、なりたくてなった人。

きっかけは何であれ自分が望まなければ変わることはありません。望むとか、望まないとか、そういった次元に立つことすら一生ないかもしれません。

 

でも同居人との"陽だまりのような温かな暮らし"を手離したくはないから。今できることを粛々淡々と進めていくしかないのでしょう。

 

いつか《 少ないモノでも満たされた暮らしができる 》と気づいてくれるかもという希望と、まだ体力のあるうちに行動していこうというやる気で、今日もひたすらモノに向き合うわたしなのでした。